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2005年度分


弥山 霊火堂火災に関する資料

皆様復興にご協力下さい。


2005.7.20 中国新聞 朝刊

申し込み方法









ここをクリックすると中国新聞の記事が拡大します。




2005.4.21 撮影


書き込みで送ってくださった方の画像を借りました。

                                                       




火を噴く人影に見えませんか

2005年5月8日 撮影

  
このようにみると、人の横顔にも見えます。

13時下山後に設置された姿

下記の写真は、岩崎義一さん(パークボランティア・町石研究家)よりメールを頂きました。




久しぶりに心ときめく詩に出あった。

なんの技巧もせずまっしろな気持ちで声にすると優しい気持ちに包まれる。
山頭火に贈った女性からの詩らしいのですが、作者の名前がわかりません。
どなたかご存知なら教えてください。

雪の中、とぼとぼと一人で歩いていかれるなら
私は雪になりましょう
全ての音を消し、まっ白な心でつつめたら・・・
ただそう願っています
日明りにひとひらの雪が輝く一瞬
あなたの目に止まれば、それでよいのです


藤原 高野山行きを断念しました
(7・8・9日と高野山への道、180町の遍路道へ行くことにしていましたが、雪のため断念しました)

4日

高野山への町石道を歩いて行く。
7日に麓に泊まり
8日の早朝に出発、8時間かけて大門まで登る。
熊も出るらしい。鈴が必要。
高野山は、雪が積もっているとのこと
女房と二人で行く。四国遍路の総仕上げを協力者の
女房を誘うことにした。
いい迷惑だと言いながら、昨日も宇品から繁華街まで
歩いて片道1時間を往復したらしい。
一番心配なのは、私である。
この2ヶ月弥山にも登っていない、ほとんど歩いていない
大丈夫だろうか。1200mの高野山に21kmを歩くことに
なる。翌日は、5kmくらいを歩いて奥の院を目指す。

5日

トゥレバさん (遍路仲間)
なんか無茶な挑戦のようにも思えますが
一緒に居た四国の時のことを思い出します。
パワーを補充しないといけない時期にあるようで
この山を越えないと、自分自身が次のステップへ進めないように思います。
宿坊は嫌だと言う女房の意見を受け入れて、旅館にしました。
私一人なら、少々の無茶もいいのでしょうが
雪の降る山道を歩くことになりそうなので
十分に気をつけて行きます。

6日

昨夜、娘に怒られた。
二人に何かあったらどうするの?何で、今行かなくてはいけないの。絶対に駄目。(娘)
お母さんに行ったら、すぐに飛んできて止めるわよ。(女房)

実は、歩き遍路で結願した時は、88番から広島に戻り、母・女房の3人で高野山へは行きました。
納経も終了しています。
今回は、遍路道を歩いて高野山へ入りたかったのです。
高野山へは、大坂の難波から高野線・ケーブルカーを乗り次いで行けば、簡単に行けます。
高野山へ入ると、バスがありますから。
30分もかからないで、奥の院の入口に到達できます。
奥の院は、すばらしいところですから、堪能できます。
最後の納経も感慨深いものがありました。
不思議と歩き遍路をして結願に来た方は、すぐに分かります。
青の時も、若い男性が来ていましたが、多分四国であったはずなのですが、
場所の特定は出来ませんでした。
お互いに、遍路の格好をしていません。傘をかぶった顔と普段の顔は全く違います。
私の場合は、遍路中はやしていたヒゲをそっていましたから、20歳以上若返っていましたか、
分からないでしょう。
是非、行ってください。
今回はその様な理由から、女房と一緒という条件をつけましたので、
女房が無理なくいける状況を作らなければならないと言うこともありました。
180町の所要時間は約8時間。休憩を少し多めにとると、もう少しかかるかもしれません。
朝、夜明けに出発(7時)しても日没までに到着するのが難しい冬場です。
まして、雪の中を10kmくらい歩くことになると、危険な状況も想定されますので、あきらめました。
言い訳かなと、自分を責めています。
高野山へ行ったら、濱田屋のゴマ豆腐を食べてください。地元の商店街にある店ですが、
ここが一番です。お持ち帰りは出来ないはずです。
食堂のゴマ豆腐も美味しくて、下界とはくらべものにはなりませんが、
濱田屋のゴマ豆腐を食べると、他のゴマ豆腐がものたりません。
最後は、食べる話になりましたが・・・。


四国歩き遍路中のさくらさんからの日記から

12/2 15:00 88番大窪寺 打ちました。

天気予報当たらず、途中雨に降られてしまいましたが、無事、結願できました。
今はまだ感動が追い付かず、ただ終わったという感じで、近くの駅に向かうバスに乗ってます。

バスはラクですね、早いですね、あたたかいですね。

今はそんな感想しかないけど、いい旅だったことは間違いないと思います。

どうもありがとうございました。

とりあえず、結願の報告まで。


無事終了しました

遠くで、作品展を見に行けない方のためのPAGEです。
本物には敵いませんが、ガイド的に見ることが出来ます。
ここをクリックしてください

藤原隆雄 写真展「空界」


やじうま 宮島版 号外(ここをクリック)
(このやじうまは、宮島地区のみに新聞折込をしました。
印刷部数は、2000枚のみ)



中本真吾さん・松島英里加さん・藤原

11月18日21時30分放送
 広島エフエム放送での収録風景




詳しくは、ここをクリック


11月16日の中国新聞朝刊で紹介されました



ここをクリックすると大きくなります。


11月1日の中国新聞に掲載されました。

宮島についは(詳しくは、整理でき次第掲載します)



宮島・町家通リにいたたぬき
猫かと思っていたら、2匹で・・。


廿日市 極楽寺

私にとっては、帰っていける原点がここにある。
甲斐犬 百々に
最初、吠えられた。初めてのことだった。
絶対に吠えられないと思っていた。
1回目 一度手の匂いを嗅いだがすぐに離れていった
2回目、腰を落として尻尾を振りながら近づくが、距離を置く
3回目、やっと近くに来て顔を触らせる
自分が変わってしまったのだろう
百々は、敏感に察知した
暫く、境内に立っていたが、去ることにした
百々は、遠吠えで呼んでくれていた
暗くなる
お寺の中では、祈りの音が聞こえていた
いかん、道を変えなくては・・・・。


2005.10.20 17時撮影
極楽寺百回登山

中国新聞ホームページより

中国新聞地域ニュース
息づく歴史 シンポで宮島語る '05/10/10

 世界遺産の島・宮島の魅力を探るシンポジウム「新みやじま学―歴史遺産を生かす」(中国新聞社主催)が九日、広島県宮島町であった。中国新聞新工場建設と廿日市市・宮島町・大野町合併の記念事業。作家の見延典子さんたちが新たな視点で宮島像を浮かび上がらせた。

 明治時代から残る会場の旅館岩惣「遊仙閣」には約二百人が詰めかけた。中国新聞朝刊で「頼山陽」を連載中の見延さんは「宮島の磁力」と題し、記念講演。「頼山陽が『日本外史』を執筆したのも宮島の歴史風土に触発されたからでは」との見方を明らかにした。

 パネル討論ではまず、時代ごとの宮島史を検証。広島大大学院の古瀬清秀教授(考古学)は島の西部の大川浦で見つかった十一世紀ごろの青銅鏡などを根拠に、「瀬戸内海の航海の安全を祈る祭(さい)祀(し)の場があったようだ」との見解を示した。

 秋山伸隆・県立広島大人間文化学部長は、中世の宮島像について「対岸の廿日市と一体となった交易拠点として、国際性も際立っていた」と語り、今回の一市二町の合併の原点だとした。

 信仰に加えて観光・歓楽の島となった江戸時代の実像については、宮島歴史民俗資料館の高橋修三副館長が「市と芝居、富くじが暮らしを支える大きな存在だった」と分析し、当時のにぎわい創出の努力をしのんだ。

 一方、来年で開基千二百年を迎える弥山で撮影を続ける写真家の藤原隆雄さんは「宮島のあらゆる情報が分かるネットワークづくりを目指したい」と決意を表明した。

 ◇ ◇ ◇

11月1日付の中国新聞広島制作センター(大野町)完成記念の別刷り特集で、シンポジウムの詳報を掲載します

【写真説明】明治期の建造物を舞台に、世界遺産の島の歴史と魅力を新たな視点から議論したシンポジウム(撮影・田中慎二)



何だろうか?

竹野隆宏氏撮影




日本でこんな文字が使われていました


卑弥呼について
ちょっと面白いHPです(音楽入り)覗いてみてください。
ここをクリック


弥山の標高が訂正されました

こんばんわ
情報有り難うございます。
さっそく 国土地理院のページを見ましたら出ていました。

5メートル高くなったのですね、 岩の上なら当然 高くなるのですが、
ある宮島の故老の話では この岩は 神の鎮座する磐座石だから 
むやみに登るべからず、ということになります。
三角点をタッチするために 磐座石に登る者が 出てくるのは
困ったものです。

http://www.gsi.go.jp/WNEW/PRESS-RELEASE/2005/1006.htm

発表日時:平成17年10月6日(木)14時00分

厳島の最高峰「弥山(みせん)」の標高値が変わります
−現地測量の結果、これまでより5m高い535mに改定−

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 国土地理院(院長 矢口 彰【やぐちあきら】)は、
厳島(宮島)の最高峰「弥山」(広島県宮島町)の最も高い地点について、
現地で測量を行った結果535mであることを確認しました。

 厳島は、世界文化遺産の「厳島神社」をはじめ、
その周辺と弥山原生林を含む区域は世界遺産に登録されており、
毎年多くの観光客が訪れています。

 これまで国土地理院が公表している「日本の山岳標高一覧(1003山)」では、
明治25年に設置された二等三角点「みせん御山」の高さ530mを、
弥山の最高地点としてきました。今回の測量で、
弥山の三角点より南南西方向約16.8mの地点が、三角点より約5m高いことを確認し、
その地点を弥山の標高値とすることとしました。

 これにより、
国土地理院ホームページ上の「日本の主な山岳標高 −日本の山岳標高一覧(1003山)−」における
弥山の標高値を535mに改定し、
今後、2万5千分の1地形図にこの地点と標高値を表示します。

 国土地理院ホームページ「日本の主な山岳標高 −日本の山岳標高一覧(1003山)−」のサイトは、http://www.gsi.go.jp/KOKUJYOHO/MOUNTAIN/mountain.htmlです。


  資料−1 弥山の位置図
  資料−2 最高地点と三角点の関係
  資料−3 広島県の主な山岳標高一覧【PDF: 14KB】

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知ってましたか?

弥山の頂上は、現在、標高529.8mと言われています。
昭和27年に発行された、岩波写真集には、542mと表記されています。
がけ崩れで、標高が下がったのか?はかり方が間違っていたのか?

「2000年度平均成果」について 
−全国の水準点の高さ(標高)を改定して1年−
 
30年ぶりに高さを変更
 2001年6月に測量法と水路業務法が改正されました。これに伴い2002年4月以降、
経緯度の表示は世界測地系に基づくものを使用することとなりました。
また、この法改正とは直接関係しませんが、
時を同じくして基本となる国の水準点の標高を全て30年ぶりに改定しました。
この成果を「2000年度平均成果」と呼んでいます。
測量に使用する水準点の標高の改定は、影響が大きいと予想されることから、
全国各地で国の関係機関をはじめ地方公共団体および測量作業機関を対象に説明会等を実施しましたが、
この改定についての質問が最近多く寄せられることから、概要を解説します。
 
1.わが国における水準点標高の公表の経緯
 基本水準点の標高を与えるための水準測量は明治16年より開始されています。
第1回の全国測量の成果は、
陸地測量部内の事業として行われた地図作製の他、国レベルで行う事業等に利用されたものと思われますが、
一般公開の扱いではありませんでした。
測量法が昭和24年6月に制定され、公共測量の基礎となる基本測量の成果は、
昭和28年から昭和38年にかけて地域毎に手計算による水準網平均計算が行われ、
完了した地区毎に順次公表されました。これが第1回の公表です。
 
第2回の成果は、大型計算機を用いた同時網平均処理を行い、
昭和37年から昭和43年に取得した水準測量データから北海道地方を除く地域について、
昭和44年に「昭和44年度平均成果」として公表しました。
また、北海道地方については、昭和43年から昭和47年に得た水準測量データを用い、
忍路験潮場近傍の一等水準点(No6996)を1点固定し、本州地方とは独立した標高を求め、
昭和47年に「昭和47年度平均成果」として公表しました。
(これら2つの成果を併せて、以下では「旧成果」と呼ぶ。)
第2回の成果公表以来約30年を経過し、
全国測量の繰り返し測量ごとに変動量の大きい地域を部分的に改定を図ってきたものの、
広域的な地震・火山による地殻変動の影響、地盤沈下等による成果の不整合が生じてきました。
これらの歪を解消し、社会の高度化の進展に対応することを目的として、
今回改定した成果が第3回の「2000年度平均成果」です。
 
2.「2000年度平均成果」構築と特徴
現在、わが国の水準測量の全国測量は、明治16年の開始以来、第9回目の測量が進行中であり、
平成15年度は東北地方から青函トンネルを経て北海道地方を北上する予定となっています。
「2000年
度平均成果」計算に当たっては、全水準路線の最新の観測データに基づき、
日本水準原点1点を固定として計算しました。
また、最新の全国的に稠密な重力データが整い、
これによる任意の地点の重力値を精度良く推定するとが可能となったことから、
これまで採用されていた正規重力式による「正規正標高補正」に換え、実測重力値を用いた
「正標高補正」を採用することにし、全国の水準点成果約21,000点について成果を改定したものです。
             

   また、「2000年度平均成果」は、測量法改正に伴う三角点等の成果と併せて2002年4月に公表しました。
なお、今回の更新成果の結果は、前述のとおり正標高を採用した他、
本州、北海道及び九州地方を直接水準測量により結合し、
骨格路線を全国同時網平均計算によって成果を得たことが主な特徴です。

 
3.「2000年度平均成果」と旧成果との標高比較 
 新旧の標高比較を図1に示すが、30年間の地殻変動や計算手法の違いによる標高の変化が見られます。
 全国的な傾向として、日本水準原点近傍の東京周辺ではほとんど差はなく、
北海道側でマイナス傾向(最大-43cm)、九州・四国側でプラス傾向(最大+35cm)となっています。
これは、旧標高の計算に遡ると北海道は、本州側と分離され計算されたこと、
九州・四国側は、本州側の西ブロックの計算時に、それぞれ関門・来島瀬戸ルートの路線のみで
結合されていることや重力値の補正計算手法の違い等により系統的な
標高差が生じたものであると考えられます。
 北海道東部や東北の三陸沿岸域及び御前崎地域のマイナス傾向はプレート運動による沈みこみ、
仙台、関東平野、房総、佐賀平野の顕著なマイナス傾向は、地盤沈下による沈下、
伊豆半島東部の顕著なプラス傾向は群発地震をしばしばともなった
地殻異常隆起によるものと思われます。


4.成果改定に伴う公共測量の対応
 国土地理院では、
今回の水準点成果改定により、一等及び二等水準点標高値の全てが変更されたことから、
公共測量に混乱することなく新成果の利用が図れるよう「基本水準点2000年度平均成果改定に伴う
公共水準点成果改定マニュアル(案)http://psgsv.gsi.go.jp/koukyou/hyoukou_manual/index.htm 
を作成しました。
 ここでは、基本水準点の成果改定に伴う公共水準点成果の改定方法を定めており、
    (1)旧観測値を用いた平均計算による成果改定
    (2)仮定観測値を用いた平均計算による成果改定
    (3)改測による成果改定
の3つの方法から適切な改定手法を使用するよう述べています。この選択に当たっては、
地殻変動地域、地盤沈下地域等の影響を考慮して、
事業の目的精度に応じた選択が必要であろうと考えられます。
 
 また、「2000年度平均成果」改定は、陸地における水準点標高の改定であり、
東京湾平均海面(T.P.)を基準とした高さの体系です。このため、
河川、港湾および水路の測量で扱う基準面(特殊基準面)とは異なっていますので、
これらの測量を行う際には、基準面の違いによる混乱を生じないよう、
担当機関と十分な調整を図って実施する必要があります。
 公共測量等で基本水準点を使用するときには,
公共測量実施計画書を提出し測量地域を管轄する国土地理院の各地方測量部の助言を受けて
実施することをお願いします。
技術的な質問や測量地域にある基準点の情報は,
国土地理院の地方測量部及び支所にお問い合わせ下さい。
http://www.gsi.go.jp/GSI/CONTACT/g-tisoku.html
 
.測量成果の入手について
 測量法により新たな測量を実施する時には,
最新の測量成果を基準として実施することとなっていますので,
新しい測量成果を入手する必要があります。
国土地理院では、
水準点や三角点等の基準点成果提供を地理情報部情報管理課測量成果係
(TEL 029-864-1111 (内線 7253):E-mail seika@gsi.go.jp)
並びに各地方測量部等で行っています。
また、基準点成果はホームページhttp://cpservice.gsi.go.jp/kijunten2k/からの
閲覧も可能であるので是非ご覧ください。

2005.8.12

こんなものが、宮島にあった。


2005.8.14 撮影


2005.7.30

太陽系惑星:「最も遠い10番目」を発見 NASA研究所
NASAが「太陽系第10惑星」として29日公表した天体「2003UB313」の画像。03年10月に、米パロマー天文台の望遠鏡を使い撮影された=NASA提供

 【ワシントン和田浩明】
米航空宇宙局(NASA)のジェット推進研究所(JPL)は29日、冥王星の外側の軌道を
公転周期約560年で回る冥王星(直径約2300キロ)より大きな天体をカリフォルニア工科大などの
研究チームが発見したと発表した。
JPLは「太陽系で最も遠い10番目の惑星だ」としている。
新惑星と確定すれば、1930年の冥王星発見以来となる。
同チームは03年にも、太陽系最遠の惑星状天体とされたセドナ(同約1700キロ)を見つけている。

 研究チームを率いる同工科大のマイク・ブラウン准教授(惑星天文学)によると、
この天体は03年10月にパロマー山天文台(カリフォルニア州)の望遠鏡で初めて撮影された。
太陽系内の天体なら恒星の間を移動する様子が観測できるが、
距離があまりに遠いため、当時は動いていることが確認できなかった。

 データを再度解析し、今年1月になって惑星だと分かったという。現在の名称は、
「2003UB313」だが、すでに国際天文学連合に新名称を申請した。

 電話会見したブラウン准教授によると、太陽からの現在の距離は約145億キロ。
冥王星の太陽からの平均距離より2倍以上遠い。現在は最も離れており、
最も近づくと53億キロになる。軌道はだ円で、太陽系の軌道面から約45度も傾いている。

 直径は2700〜3000キロと見られる。地上からの観測では、地表にメタンが存在しており、
表面温度は氷点下243度程度と推定された。

 現在はくじら座付近の方向にあり、光度は18.5等級という。

 同准教授は「非常に遠く、軌道が大きく傾いていたため、今まで発見されなかった」と説明し、
新天体を「惑星」としたことについては「冥王星より大きい」ことを根拠に挙げた。

毎日新聞 2005年7月30日 11時08分 (最終更新時間 7月30日 11時50分)